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東京高等裁判所 昭和35年(ラ)869号 決定

抗告人 千葉一雄

訴訟代理人 谷川八郎 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は末尾添付抗告理由書記載のとおりである。

本件記録に綴付されている東京地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第四、八二三号不動産仮差押事件の記録によれば、抗告人は昭和三十四年六月二十五日右事件の仮差押債権者である堀田仁哉からその被保全権利である債務者李錫雷外一名に対する金四百八十万円の債権(東京地方裁判所昭和三十二年(ワ)第七、一四五号事件の和解調書に基く)の譲渡を受け、且つ同年九月七日右堀田仁哉が右債務者に対してなした右事件の不動産仮差押決定について、承継執行文の附与を受け、仮差押債権者としての地位をも承継したこと、および堀田仁哉が同年十月一日東京地方裁判所に対し弁護士円山潔を代理人として上記仮差押決定執行の取消を申請し、同日同裁判所は右申請に基いて仮差押決定の執行を取消す旨の決定がなされ、引き続きその旨の登記手続がなされたことが認められる。

上記仮差押決定執行の取消決定は、既に仮差押債権者としての地位を失い、その執行の取り消しを求める権限を有しない、堀田仁哉の申請に基いてなされたものであるといわなければならない。

従つて、東京地方裁判所がなした上記認定の仮差押決定の執行を取消す旨の決定は違法なものといわなければならない。しかしながら、右取消決定が違法であるとはいえ、仮差押の執行手続はそれに基いて完全に終了してしまうので、抗告人主張のように、実質的にはまだ終了していないと解する余地はない。従つて、抗告人は右仮差押決定の執行手続についての執行処分に対しては異議の申立は許されないといわなければならない。もつとも、このように解すると、本件の場合の抗告人は、債権差押及び転付命令が違法であつた場合のように、実体法上もその違法であることを争う機会すら有しないことになり、もし、その違法な処分によつて損害が生ずれば、その違法なことをなした者に対し損害賠償を求める外方法はないことになるが、本来執行の方法に関すること自体については、執行終了後いつまでも争えるとすることは必ずしも適当でない。執行の終了行為自体については、個々の執行方法とは異り争い得ると解するとすれば、いつまでたつても異議の申立てができるということになつて、反つて、執行手続をいつまでも不安定にさせるから法的安定の面から考えて妥当なこととはいえないから、執行終了行為自体についても争えないと解するを相当とする。

よつて、抗告人のなした本件執行方法についての異議申立は不適法なもので、これを却下した原決定は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用を抗告人をして負担させ、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 村松俊夫 判事 伊藤顕信 判事 杉山孝)

抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。

債権者堀田仁哉債務者李錫雷間の東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第四、八二三号不動産仮差押命令申請事件について、同裁判所が昭和三四年一〇月一日した、不動産仮差押決定の執行は取消す、との決定を取り消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、つぎに述べるほか、別紙原決定中の異議申立の理由と同様である。

二、仮差押債権者がその債権を譲渡したとき、債権譲受人が承継執行文により、手続上も明確に仮差押債権者の地位についた以上前仮差押債権者は、当該仮差押事件から全く離脱した第三者であるから、その者の申立により仮差押執行の取消決定するのは執行の方法を誤つたものと言うべきである。

三、「裁判手続上、無権限であることが明白である者がいかなる訴訟行為をしても、それは無効であり、従つて、無効な訴訟行為に基づく本件仮差押執行取消決定も亦無効であるから、その執行は未だ終了していないというべきである。

(別紙)

強制執行の方法に対する異議申立の理由

一、東京地方裁判所は、債権者堀田仁哉債務者李錫雷間の同裁判所昭和三十二年(ヨ)第四八二三号不動産仮差押申請事件について、昭和三十二年八月十三日、債務者所有の

東京都千代田区九段壱丁目壱番地弐

家屋番号 同町壱番

一、木造亜鉛葺弐階建店舗壱棟

建坪 弐拾四坪七合五勺

弐階 弐拾四坪七合五勺

を仮りに差し押える旨の決定を為し、右仮差押命令は、東京法務局文京出張所昭和三十二年八月十三日受附第一一三〇八号を以て右不動産に付嘱託登記手続が完了した。

二、その後、右仮差押命令の被保全債権については、債権者堀田仁哉を原告とし、債務者李錫雷外一名を被告とし、東京地方裁判所昭和三十二年(ワ)第七一四五号事件を以て係争中であつたが、債務者李錫雷外一名との間において昭和三十四年五月二十六日裁判上の和解が成立し、被告等は各自原告に対し金四百八十万円の債務の存することを認め、これを昭和三十四年七月二十五日限り支払うべき旨の和解調書ができた。

三、右債権者は、右債権全部を昭和三十四年六月二十五日申立人に譲渡し、同日右債務者李錫雷に対し債権譲渡通知を為し、該通知は翌二十六日同債務者に到達した。右債権者は更に右債務者に対し、同年八月十日右債権とともに前記仮差押登記の権利一切とともに申立人に譲渡した旨の補充通知を為し、該通知は翌十一日関係者に到達した。

四、それで、昭和三十四年九月十日右和解調書の債務名義につき、申立人に承継執行文が付与され、ついで同年九月七日前記仮差押命令につき、申立人に承継執行文が付与された。

五、債務者李錫雷は前記債務を完済しないので、債権者の承継人である申立人は、前記仮差押不動産につき強制執行を為さんと準備していたところ、前記仮差押登記はいつの間にか抹消されていることを発見した。仍て調査したところ、債権者堀田仁哉の訴訟代理人円山弁護士が昭和三十四年十月一日前記仮差押命令の執行取消申請を為し同日本件執行取消決定が為され、同月五日前記不動産につき、その嘱託登記手続が為されていたのである。

六、然し乍ら、本件執行取消決定は左の理由により取消さるべきである。

(一)申立人が本件被保全権利の譲渡を受ける際円山弁護士名義の仮差押執行取消の書類をも交付を受けていたところ、債務者李錫雷はこの書類を申立人より窃取し、この書類を不正利用して前債権者堀田仁哉及びその代理人円山弁護士並びに申立人の意思に反して、前記仮差押取消申請を為した。

(二)仮りに然らずして、前債権者堀田仁哉及び円山弁護士がその意思に基いて本件仮差押執行の取消申請を為したとしても、それは無効である。即ち、仮差押執行取消申請が為された昭和三十四年十月一日より以前である、同年六月二十五日既に被保全権利は申立人に承継され、同年九月十日承継執行文が付与されておるので、仮差押債権者たる地位も当然既に申立人に承継されておるから、承継前の旧債権者は本件仮差押の執行取消を為すことはできない。加之、本件においては、昭和三十四年八月十日旧債権者は被保全権利とともに仮差押登記の権利一切を申立人に譲渡した旨債務者に通知したり、更に同年九月七日仮差押の承継執行文が申立人に付与されておるから、尚更旧債権者が勝手に仮差押執行取消を為すことは権限外の行為であつてそれは無効である。

七、要之、本件仮差押執行取消を為し得る者は申立人のみであるに拘らず、申立人の授権のない円山弁護士の仮差押執行取消申請に基いて為された本件取消決定は取消さるべきである。

八、尚、前記の如く本件仮差押取消申請は無効であるから、実質上仮差押事件はその執行を終了していないと解すべきである故、右執行方法に対する異議の申立に及んだ次第である。

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